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新甫 圭【Kei Niiho】
水質改善のスぺシャリスト / エコロジスト
1969年12月29日生まれ。福岡県春日市出身。kei-1600-843

初めまして、「自然とお肌を守る浄水器」を製造している、こどもの水カンパニーの新甫です。

「自然の恩恵に感謝し、健康で美しい人創りに貢献する」ことが僕の仕事のコンセプト。

「大したことは出来なけど、やらないよりはいい」。
地球人として、日本人として、良識のある大人として、そして、親として、
僕に出来ることは何か? これが僕の「Always think!」

前途多難の日々

14年前、足の不自由な二人の我が子のため、1台の浄水器を作ったのが始まりだった。
自宅マンションの狭いベランダに会議テーブルを置き、必要最低限の工具を買い揃え自作の浄水器作りを始めた。

手書きで図面を書き、「こんなの作りたいんですけど・・・」
十数件の鉄工所をまわったけど相手にしてもらえない。
初めての物作りでどうしていいのかわからなかった。

だけど良い社長との出会いもあり、少しずつ形になりはじめた。
そして半年後、ようやく第1号機が完成した。

「ヤバいねこの水」

構想から半年、完成した浄水器をいよいよテストする時がやってきた!
蛇口から出てきた初めてお水。

「これが俺が作ったのお水か~」とこれまでの苦労を思い返した。
まさに感動の場面だ。

ひとくち口に含む

ん?・・・・・ はぁ?・・・・・

「ヤバいね、この水」

思わず吐き出してしまった。

ど素人が何も知らずに作った水がうまいわけがない。
これを子供に飲ませるなんてとんでもない

 

お金と時間とエネルギーが吹き飛んだ

アニメとかでよくあるよね、お金に羽が生えて飛んでいくシーン
まさにアレ

当時の僕は定職についていなかった
年2回のお中元とお歳暮のアルバイト、借金、妻のパート代で生活していた。

自分のやりたくないことはやらなくていいという変な信念を持っていた。
というか、やれることが無かっただけ。

なので、金銭的に余裕なんて「全くない」
それなのに神様は・・ひどい(涙

俺、浄水器屋じゃないのに

それ以降、何度か、「ろ過材」を変え、構成や比率を変えながらテストした。
そしてようやく「美味い水」を作る浄水器ができた!検査機関から飲料水の水質基準に適合したという認証ももらった。

その後、親兄弟、親戚にも作ってあげた。みんな喜んでくれた。

僕はここまでよかった。
でも、弟が友人に、母親が知人に、妻が友達に、後輩が親戚にとかあちこちで「注文」が起きてきた。でも、その当時、それは僕の仕事ではなかった。

今でも覚えているけど、
お中元のバイト中なのに車の中でスーツに着替え、自分の配達エリアからずっと離れたお宅へ浄水器の説明をしに行った。

嬉しいことだけど、正直言うと浄水器を売っても儲からなかった。
というか、儲けきれなかった。そもそも「こどもの為に作ったもの」なんだし。

だから、ほとんど原価でわけてあげる状態。

「浄水器を分けてあげるのは良いけど、1年後にメンテもある」

良く考えると、売るだけじゃなくてその後もずっと関わらないといけない。
性格上、後は知らん!とか無責任なことはできない。

新規事業スタート!

合い変わらず、ポツポツと紹介も続いている。

とそんな時、全く畑違いのビジネスを始めることになった、「介護事業」だ。

知り合いから介護事業の話が舞い込んできた。

こども達のこともあるし「福祉」というテーマは切っても切り離せない。
これは、僕のやりたい仕事の一つだった。いつかやろうと妻と話していたこともある。

 

僕は意気揚々と介護業界に飛び込んだ。そして、これがトントン拍子にうまく行った。

子供が介護を要する状態なんだからある意味でプロフェッショナル。
そんなプロ意識が経営にも反映して想像以上に会社が大きくなっていった。

高齢者介護と障がい者支援の二本柱で経営は安定した。
それと同時に僕ら家族の生活も安定して行った。

必要とされる浄水器

今でも働いてくれている介護スタッフの話。
彼女が入社した時、二人の子供がいた。その二人の子供達は共にアトピーで困っていた。
だから僕はお節介だけど彼女にこの浄水器を勧めた。

もちろん彼女は浄水器を買った(社長が作った製品を拒むなんてできない)
でもその後、彼女は「とても大切な買物をした」と言ってくれた。
この言葉がすべてを表現している。
彼女は今でもこの浄水器の熱烈なファンの一人なのは言うまでもない。

この話はまだ終わらない。
実は彼女は浄水器をつけた後に更に2人の男の子を出産した。

その子供達は二人ともアトピーが一切見られない。
ツルツルスベスベの綺麗な肌をしている。これって偶然だろうか?僕はそうは思わない。

他の愛用者様からも嬉しい声をたくさん頂いた。特にお肌や髪の毛に共通している。
このような経験がいくつもあり、本気で浄水器を広めることを決意した。

2013年にインターネットで販売を開始。

「こどものために作った浄水器」が
今では「自然とお肌を守る浄水器」としては全国へ広まり始めた。

自慢話のように聞こえるかもしれないけど
「普通、こんなに思ってくれる?」って言うくらい喜びの声をたくさん頂いている。
あの時、諦めずに作って本当に良かったと実感している。
第1号機からすると現在の仕様はすごく進化している。水質も当時の物とは比べ物にならない。
製品は進化し続けるけど、時折、あの狭いベランダを思いだす。初めて作った手作りのお水の味も決して忘れない。

あの場所と経験があるからこそ今がある、大切なことを忘れないようにしようと思う。

これからも「水」を通じ、健康で豊かな生活を提供できるよう努力して参ります。

 

最後まで読んで頂きありがとうございます。